15.やる?やらない?抗がん剤治療 その2

前回の続きです。

夫とふたりで抗がん剤の説明を受けた後、一旦は病室に戻りました。
少しして私がコンビニに行こうと歩いていたら、ナースステーションにいた担当医の先生に手招きされます。
「何?何?」と近づくと、さっきまでいたカンファレンスルームにまた案内されました。

「さっきは、ご主人がいらっしゃったので言えなかったのですが、奥さんにはお伝えしておこうと思って。」
そう切り出すと先生は、FOLFIRINOXをした場合の余命について説明してくれました。

「前にもお伝えした通り、抗がん剤をしたとしても1年。データ上は、抗がん剤をしたことで半年命が延びる計算になるわけですけど、抗がん剤をすることで辛い思いをしちゃうかもしれない。リスクもあるし、本当に半年延命できるという約束もできません。でも、薬が効いてくれれば、半年どころかもっと生きられる可能性もある。こればかりは、僕にもわからないし、やった場合とやらなかった場合を比較することができないんです。ご主人の身体はひとつですからね。だからこそ、これからの時間をどう過ごすか?ということも頭の片隅に置きながら、決めてくださいね。」

そっか…抗ガン剤マシマシのきっついFOLFIRINOXをやっても、やっぱり1年なんだ。しかも、効くかどうかもわからないんだ……。

「そうですか……何だか、抗がん剤ってギャンブルみたいですね」ふとこんな言葉が出てしまいました。
「ギャンブルじゃないですよ。ギャンブルは、当たるかどうかわからない不確定要素の中でやるものですけど、抗がん剤は治療成績もちゃんと出ていますからね。」
(やっべ…先生、ちょっとムキになってるし)
「あぁ、ごめんなさい。例えがちょっと悪かったですね。そういう意味じゃなくて~。でも、患者にとってみたら、効くか効かないかわからないのに、リスクを背負うわけですよね。それって、素人から見たら、十分なギャンブル的要素に思えて仕方ないんですけど~」(あれれ、謝っていながら反論してるよ、私。でも、ちょっと言いたい)
「まぁ、確かに奥さんのおっしゃることもわかります。そういう意味で、ギャンブルっていったらギャンブルなのかもしれないですけど……(苦笑)」

担当医の先生は、多分私よりひと回りくらいお若い先生(30代後半くらい?)だと思うのですが、オトナでした(笑)

こんなやり取りができるのもこの先生だからこそで、こうしてムキになることでお互いの考えや性格も見えてくる、というもの。このくらいのバトル…もとい、意見交換ならウエルカムです(笑)
でも、こうして夫のことを気遣って、2回に分けて説明してくれた先生には、やっぱり感謝しかありません。

ちなみに、グーグル先生に「抗がん剤」って入れると、すぐじゃないですけど第2検索ワードで「ギャンブル」が出てきました。
ほら~、言葉のチョイスや意味合いは別として、私と似たようなこと思ってる人いるじゃーーん(笑)

さて、家に戻った私は検索の鬼となり、ひたすら「FOLFIRINOX」をググりました。
これは、病院で渡された紙にある副作用の項目。

ひえーーー、ほとんど全部の項目にチェック付いてるし…。
皆さんのブログを見ても、副作用のことがズラリ。しかも、こんなに大変な副作用を受け止めながら、10回、20回と続けていらっしゃる方もいらっしゃる。その誰もが必死で、この難解なすい臓がんと向き合っていて、懸命に生きようとしている…それはバシバシ心に響きました。

これだけ大変な思いをして、残念ながらお亡くなりになった方もいらっしゃいます。余命宣告の年月を遥かに超えて、頑張っていらっしゃる方もいます。こればかりは人それぞれ…とアタマの中でわかっていても、つい「夫はどっちに入る?できれば後者……いーや、後者だよきっと。そう、後者に違いない」と都合のいいように思い込もうとしている私もいました。

そのなかで、夫ととても似ている症状の患者さんがFOLFIRINOXによって腫瘍が小さくなり、手術もできたという方のブログに出会いました。その患者さんの正確な年齢はわかりませんが、夫よりひと回りくらい先輩の女性と思われ、ブログ主は娘さんです。

来たーーーー!救世主、現る!?

お名前も知らず、面識もない方ですが、「勝利の女神」のように思えました。
その女性の症例は学会で発表されたそうで、そのくらいレアなケース。「奇跡」と呼べるものなのかもしれません。

ううー、その希望に賭けてみたくなってきた……ねぇ、ねぇ、やってみちゃう?FOLFIRINOX。
私のギャンブル魂が、ピクピク反応してきます。が………

いやいや、ちょっと待てーい。落ち着けーー、自分。
実際に抗がん剤をするのは誰よ?私じゃない……よね?
私が「やってみようよ」と言ったら、きっと夫は「そうだな、やるか…」と答えるはず。
でも、相手は抗がん剤マシマシだよ?それを身体のなかに入れるのは夫だよ?風邪薬を飲むのとワケが違うよ?
そんな重大なことを、私が決めちゃっていいの?

命に関わることだけに、責任をもつのが怖かった、というのも正直あります。
もしFOLFIRINOXをやって、重篤な状態になったらどうしよう、という心配もあります。
そうなった場合、私は耐えられる?「私のせいだ」と、後悔するんじゃないの?後悔を少しでも減らす選択をするって、あんた自分で言ってたよね?……一晩中、パソコンの前で自問自答して出した結論は

ごめん、私には決められないや。
夫の命は夫のもの。私が決めることじゃないよ。

私ができることは、調べた情報を夫に伝えるだけ。
翌日、ネットで得たいくつかのケースをプリントアウトして病院に持っていきました。10枚くらいあったでしょうか?
でも、さすがに「死」を連想させる内容は無意識に避けていたような気がします。このときの私は、認めたくなかったのだと思います。
副作用の内容がメインで、FOLFIRINOXの場合、アブラキサン+ジェムザールの場合、同年代の方の場合、ご年配の方の場合などなど。

「昨夜あれから、いろいろ調べてみたんだ。でも、抗がん剤って人によって本当に違うみたい。この人は、仕事をしながらFOLFIRINOXをやっているんだって。で、この人の場合は…」
プリントアウトの紙を説明しながら出していくも、夫は渡された紙を持つだけで老眼鏡をかけようともしません。
「で、どうなの?」
「いやいや、どうなのって言われても……って、読まないの?参考になるかなぁと思って持って来たんだけど」
「うん、それはわかるけども……読むの、面倒じゃん。こんなに文字、たくさんあるし。調べたんでしょ?いろいろ」

出たーー、夫の面倒くさがり病。
私もかなりの面倒くさがりですが、夫の面倒くさがりも相当なもの。まぁ、似たもの夫婦ってこういうことなのでしょう。
でもさ、毎日毎日院内のコンビニで、スポーツ新聞買って読んでいるよね?その活字と、この活字は違うのかいっ!

「というかさ、面倒とか言っているけど、本当は読みたくないんでしょう?」
「別に……」

おっと、今度は必殺「別に」返し、出たーーー。
そう、沢尻エリカ様も真っ青なくらい、夫は「別に」が口癖の人。話題になった元国会議員風に言えば、「別にじゃ~ないだろおおおおおっ!ちゃんと答えようよーーーー!」となるのでしょうが、私も慣れっこです。普段なら「そう、だったら好きにすればいい」とこっちもそれ以上言いませんが、やっぱり事が事だけにねぇ…。

それに、夫はもともと自己主張が強いタイプではありません。
仕事については、自分で決めて「こうなった」「こうするから」と事後報告。それを聞いた私は、「そっか、わかった」という流れ。私の仕事について口出しをすることはなく、「自由にやればいい」「相談されれば答えますよ」というスタンス。
一方で、仕事以外となるとほぼ私が主導…という感じでしょうか。「こうしたいと思っているんだけど」と私が投げて、「いいんじゃない。」「それはちょっとどうかと思うよ」「ヤダ」とジャッジするのが夫でした。

そう考えると、「コレ読んで、自分で決めて」は今までないケース。「別に…」だって、今はじまったことではありません。
「がんだから」「抗がん剤だから」「命がかかっているから」といって、いつもと違うスタイルじゃなくていいんですよね。
ヘンに構えていたのは、私の方だったかも……はぁ、ちょっと気合い入れ過ぎたようです。

こうして、ひとりでグルグル二転三転したものの、私が調べたことを夫に口頭で伝えることとなりました。
副作用は、かなりキツい可能性があること。副作用によって、続けられない場合もあるし、続けている人もいる。
抗がん剤が耐性を持つのは仕方のないことだし、命を縮めてしまうリスキーな部分も否めないこと。
でも、私が読んだブログのなかで、奇跡的な症例の人がひとりだけいたこと。ただし、学会で紹介されたくらいレアなケース。
もうね、調べれば調べるほど、私自身よくわからなくなってきたし、先生は否定するかもしれないけど私には抗がん剤がギャンブルのように思えて仕方ない。
だからこそ、私は「やろうよ」とも「やめようよ」とも言えないのが正直な気持ち。
調べた範囲の事実と私自身の思いをそのまま伝えました。

「そっか、わかった。するにもしないにも、先生に返事しなくちゃだもんな。どうするか、今夜一晩考えてみるわ」
夫はそう言って、天井を見つめていました。

夫はどんな選択をするのだろう?
どっちの選択をしても、私はできる限りフォローしていこうと思ったのでした。

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