17.FOLFIRINOXに向けた準備あれこれ

「FOLFIRINOXをやる」と決めた夫。
それに向けて、いろいろと準備がありました。

まず、CVポートの埋め込み(正確には「皮下埋め込み型ポート」というようです)。

すべての抗がん剤治療で行うのかどうか私は知りませんが、トータル50時間にも渡って薬剤を投与するFOLFIRINOX。
でも、CVポートを埋め込めば手足も自由に動かせるし、点滴漏れも防げるのだそう。
うんうん、父のときは抗がん剤こそしませんでしたが、普通の点滴をするだけでもルートが取れなくなって大変でした…。

埋め込みには手術が必要だそうですが、部分麻酔でちゃちゃっと終わるレベルとか。
「また手術か…」と言いながら、夫は面倒くさそうに同意書にサインをしていました。

そして、その手術は私が立ち会うまでもなく
本当にちゃちゃっと終わってしまいました。

いつものように、夕方になってのこのこ病院に行くと、「今日、ポート入れた。ここ…」と右の鎖骨部分を指差す夫。
見ると、鎖骨の少し下がぽこっと盛り上がっていて、そこはまだガーゼで覆われていました。
「ええええええ!?もう入れちゃったの?見たかったのにぃ~」と訳のわからないことを言いながら、盛り上がっている部分を指先で押してみたい衝動にかられて手を伸ばしたところ、「やーめーろー」という声。さすが夫、私の行動パターンをよくわかっています(笑)
部分麻酔だし、術後も痛くないらしく、ちょっと何かが入っている違和感があるくらいだとか。

他にも、薬剤師さんが病室に来てくださって、FOLFIRINOXの説明や注意点など、一通り抗がん剤のレクチャーを受けました。
優しい口調で美人の薬剤師さんからの説明で、夫は上機嫌。珍しいくらい積極的に質問もしていました。やっぱり男は美人に弱い…。ん?女だってイケメンには愛想良く振舞いますかね……ふふ、どっちもどっち、お互い様ってものです(笑)

この薬剤師さん、美人だけでなく、説明の仕方もわかりやすくてとても丁寧でした。
怖い怖い副作用のことも、さらっと笑顔で(マスクをしているので定かではありませんが)言ってのけます(笑)
実際に抗がん剤が始まる前から「不安なこと、ありませんか?」と何度か病室を訪ねてくださったり、抗がん剤1回目の当日にも顔を出してくださったほど。

もちろん、投与前の状態を知る採血はお約束ですが、いつものルーチンのなかでも何となく今までと違った空気を感じるように。
これから、一大プロジェクトがスタートする……実際に受けるのは夫ですが、それ以上に私の方が緊張してきました。

抗がん剤と聞くと、「ウッ!」と口を押えて枕元の洗面器に顔を埋めてウゲーっと吐いているイメージ。
FOLFIRINOXも吐き気の副作用は、マストのようです。
夫は、「吐き気が一番イヤだ」と言っていました。

私ができることといえば、買い物くらい。
いつ吐き気がきてもいいように小さな洗面器、何かのときに使える大・中のビニール袋、間に合わなかったときに向けて大量のタオル、鼻や口元用に使うための高級ティッシュ「鼻セレブ」も買わなくちゃ。

それから、夫はあまり毛深くなく、毛質が柔らかいため、ヒゲを剃るのはカミソリ派。抗がん剤によって血小板が少なくなるそうですし、万が一カミソリで傷をつくったら大変です。家電量販店にも行き、「ヒゲが柔らかくても引っかからずに痛くないものをください」と言って店員さんが薦めてくれた電気シェーバーまで買っていきました。

ただでさえ、狭いベット周辺。2カ月近い入院で、置いてあるグッズ類も増えています。
そこへもってきて、ちょこちょこ荷物を持ち込もうとする私に「また何か買ってきたの?」と呆れ顔の夫。電気シェーバーを「ジャーン!」と言って見せたら、「あのさ、抗がん剤中はヒゲなんて剃らねぇし……あなた、何か買いたかっただけでしょ?」
………チーン!完全に見透かされています。
ストレスや不安が重なると買い物をしてしまう、買い物依存症の方の気持ち、少しわかった気がしました。

さて、いよいよFOLFIRINOX第1回目の投与日は、2015年4月22日(水)に決まって、担当医の先生から「抗がん剤前に気分転換でもどーよ」と外出許可も出していただきました。

しかし、それを聞いたのは当日の午前中。いつものように寝たのが朝方でしたので、「うん?何か鳴ってる…」とLINEの着信音に起こされました。

私がまだ寝ていることをわかっている夫の必死さが伝わってきます(笑)

それに、夫が入院している間に、いつにも増して部屋はぐちゃぐちゃ。今まで夫が座っている席にも、書類や本がどーんと積まれている状態。ええ、白状すると私は俗にいう「片付けられない女」なんです(汗)
「外泊してきてもいいよ」ということでしたが、とてもじゃないですけど病人を受け入れられる衛生環境ではありません。
こんな環境で寝たら病状が悪化するわ、と18日の土曜日も夜は病院で過ごしてもらって、翌日の19日も迎えにいきました。

夫にとって、約40日振りのシャバ(笑)
無精ひげも伸びています。私が、買ってきた電気シェーバーは箱に入ったままで役立たずですが、ま、いっか。
「あそこの蕎麦が食いたい」という夫のリクエストにお応えして、お昼はご近所のお蕎麦屋さんに行きました。
このお蕎麦屋さんは古民家風の佇まい。庭を眺めながらゆったり過ごせる場所で、9割蕎麦をいただける以前からお気に入りのお店です。

食後は、以前から気になっていたカフェで、これまたのんびり過ごしました。
担当医の先生からは、「刺身や寿司とか、生モノ以外だったら何を食べてもいいよ」と言われています。大好きなコーヒーとケーキ、もう好きなもの何でも食べてよ、そんな気分です。

家に着いた夫は、いつもの定位置にどかっと座って、ひたすらテレビ(笑)入院の間に録画していた番組をひたすら観ていました。そして、「夜は何を食べたい?」と聞くと、「醤油ラーメン」とのこと。「ええええ!?せっかくの外出許可なのに、ラーメン?もう少し、いいもの食べたら?」と言っても「ラーメンがいい」と頑なです。

もしかしたら、私の作る手間を考えてくれたのかもしれません。それに、夫の入院以来、私自身ロクなものを食べていなかったので冷蔵庫の中もすっからかん。いつも行っているスーパーにも久しぶりに行って、夫の好きなものをしこたま購入。もちろん、すぐに食べられる簡単なものばかり(笑)

でも、こうしてテレビを観ながらふたりでゴハンを食べられるのは40日ぶり。何か特別な会話があったわけではないですが、「普通のことって幸せなことなんだな」と実感したのでした。

NHKドキュメンタリーを観て理想って何だろう?と考えてみた

先月放送されたNHKのドキュメンタリー番組『ありのままの最期 末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日』の2回目をようやく観終えました。

あまりにもストレートなタイトルで、そのままブログタイトルに使うのをためらったくらい。内容はそれ以上にヘビーでした。
夫の療養中に観たら衝撃が大きすぎて、軌道修正するのに時間がかかりそう。ズーンと重いものが残って、1回目は深夜に観たことを後悔しました。

賛否両論、いろいろと意見が分かれると思います。
旅立つ側の人、それを見送る側の人、立場によって感じることも変わりそうです。

僧侶でもあり、看取りのプロでもある田中雅博医師の生き様。
凄まじく、ご自身の肉体と魂をもって私たちに大きな宿題を投げかけて下さったような気がしてなりません。

ただ、私は途中から奥様である貞雅先生に違和感があったのも正直なところ。
「眠らせて欲しい」と望んでいるご主人に対して、「まだ死なせたくないの」となかなか持続的鎮静(プロポフォール)を開始しない。
がん患者語らいの集いの後、涙を流すご主人に「泣かないの」「そんな気弱になってどうするの」となだめつつ、「薬を使わないのはあなたが最期だと思っていないからだよ」と話す。
持続的鎮静を開始しても1日2回それを止めて、無理をしてでも動かそうとして「頑張れ」と言う。
観ているこっちが、辛くて苦しい思いになりました。

その行動って誰のため?
エゴになっていない?

あまりにもモヤモヤしたので、時間を空けてから2回目を改めて観てみました。
そこで感じたのは、貞雅先生は途中から「ご主人と別れたくない」という自分の想いが強くなってしまっただけなんだなぁ…ということ。

誰だって、長年一緒に連れ添ったパートナーと別れるのは辛くて悲しいです。1分でも1秒でも長く…と願います。阻止できるもののなら、断固として抵抗します。
でも、命の終わりを決めるのは神の領域。人間ができることって、限りがあるんですよね。
仕事柄これまで何人もの患者さんを見送ってきただけに、「今どういう状態なのか」一番わかっているのは貞雅先生ご自身です。
今、起きていることの意味が痛いほどわかってしまう……それゆえの葛藤なのでしょう。

でも、素人の場合こうはいきません。
先生から「今月いっぱいくらい」とか「年を越せるかどうか」とか、目安を言われてはじめて「死」を現実のものと意識します。
どこかで覚悟したり、気持ちを整理しはじめたり、無理してでも折り合いをつけようと、その日が来るまで何とか誤魔化そうとします。
その一方で、「そんなはずないよ」と根拠のない望みで不安を打ち消そうとしたり、痛みで苦しんでいる家族の姿があまりにも辛くて「早く楽にしてあげてください」と想いと反対のことを言ってしまう。
そのどれもが大好きな人を想うからこその反応で、愛情にはいろいろなカタチがある、と思います。

番組後半のインタビューで、「ここでお見送りした方は、みんな最後に話せた。だから、私たちも最後の会話ができると思っていたら、そうじゃなかった」とおっしゃっていました。
さらにその後、「医者でありながら、何で気付けなかったのだろう。このことは、一生悔いが残る」という言葉もありました。
また、生前ご主人は「DNR(心肺蘇生処置の拒否)」を希望してましたが、心臓マッサージをしてしまったそうです。

「あきらめないこと」と「執着」は、紙一重なんだなぁと思いました。
仏教では、「執着は捨てなさい」という教えです。執着は、悩みや苦しみの原因になるから。
貞雅先生は、ご主人と同じく医師であり、僧侶でもあります。
でも、看取ったときの貞雅先生は、医師でもなく、僧侶でもなく、妻というひとりの人間でしかなかった。
私が言うのも生意気な話ですけど、「抱えている後悔の念が、執着になってしまったんだろうな」……そんな気がしてなりません。

番組の結びに、「死はきれいごとではない。思い通りにいかないもの」というナレーションがありました。
ですよね……自分の経験からも、大きく頷いてしまいました。
そして、それは「死」の対局にある「生」にも同じことがいえそうです。

理想は、あくまでも理想。
多くの場合、理想と現実にはギャップがあります。
かといって、理想を持たないと毎日が何となくぽや~んとしてしまうのもの。ぽや~んと過ごしていたら、それもまた後悔に。

禅問答のようにグルグルしてきますが、きっと理想と現実を比べて「できていないこと」「ダメなところ」「弱い部分」にフォーカスしちゃうから落ち込んで苦しくなるのでしょうね。それは、人と比べるときも同じ。

できていないのなら、なぜできないのか?を考えればいい。ちょっと自分で工夫してできそうなら、やればいいだけ。結構ハードルが高そうだったら、できることからはじめればいい。「それって、どうにもならないや」と思ったら、一度捨ててみるのもアリ。
ダメな部分があってもいいじゃん、弱くたっていいじゃん……パーフェクトな人なんていないのだから。

こんな風に捉えてみると、少しだけ楽になれそうです。

16.「俺、FOLFIRINOXやってみる」夫の決断とその理由

ここ最近、Google先生の何かが調整されたようで、急にアクセス数が増えてビビッています(笑)
と同時に、それだけ情報を必要としていらっしゃる方が多いということで、ノロノロ更新してる場合じゃないぞ…と反省モード。
ここに夫がいたら、「ダラダラ長く書いてるからだ」と言われそうですね(汗)
「おーい、まだなの?」とイライラさせてしまっているかもしれませんが、ゆるりとお付き合いいただけますと幸いでございます<(_ _)>

———————–

さて、この翌日、病院へ行ったのは夕方近くになっていました。
どうやら昼間、友達がお見舞いに来てくださったようで、抗がん剤のことも話したそうです。
ひとりは「絶対ヤダ!やりたくない」派、もうひとりは「可能性があるならやってもいいかも!?」派だったとか。
やっぱり、この手の話になると意見は分かれるものですよね。

「でさ、やろうと思うんだよね、俺。抗がん剤」
「うん、どっちの抗がん剤するの?」
「何だっけ、フォルなんちゃらって方……ほら、学会で発表されたっていう」
(おーい、名前くらい覚えようよ~)
「マシマシのFOLFIRINOXね。めっちゃチャレンジャーじゃん」
「そそ、それそれ。FOLFIRINOX、とりあえず1回やってみるよ。やるなら、そっちにするさ」
「何それ?とりあえずって…」
「副作用がヒドかったらイヤじゃん。やってみて副作用が辛かったら、もうしない」
「うんうん、そういう選択もアリだと思うよ。そしたら、夜の回診のとき先生に言おう」

夫は、競馬やオートレースといったギャンブルが大好き。
奇跡が起きた女性の話で「もしかして、誘導しちゃったかな!?」という思いもありますが、事実は事実です。
ギャンブラーはギャンブラーらしく(?)、命を賭けて人生最大の勝負に挑む…という感じでしょうか。

よーし、ここはひとつ大穴狙いでいこう。
やってやろうじゃん。

夫も私も、そんな気持ちでした。

そして、もうひとつ理由があります。
それは、この病院でこれまでFOLFIRINOXの症例がなかったこと。担当医の先生も初、ということ。
多くの人は、「やったことないんでしょう?それって怖い。大丈夫?」と思うのかもしれません。
もし手術なら私たちも同じように思いますが、相手は抗がん剤=点滴です。

妙に慣れちゃっているところより、初めての方が病院側も慎重にやって下さるだろう、と思ったからです。
(ああああ、またエラそうなことを……ごめんなさーい)
もちろん先生への信頼がベースになっていますし、夫が「この先生の症例第1号になろう」と思ったことも嘘じゃありません。
たとえどんなことでも、第1号って気分がいいものです。(え?そこ?)
あわよくば夫にも奇跡が起こったときは、先生には学会で発表していただこうじゃん…という気持ちもありました。

誰だって経験していないことをするのは、不安ですし怖いです。
しかも、身体にとってリスキーな抗がん剤マシマシ。最後の4剤目「5-FU」なんて、46時間投与し続けるのですから、えらいこっちゃーですよ。
私たちもそうですが、先生も、病院スタッフの皆さんも同じなのかもしれない。日テレが「はじめてのおつかい」なら、こっちは「はじめてのFOLFIRINOX」ってもんですよ。わはは。

わずかカーテン1枚で仕切られた6人の大部屋でこんな会話をしていたワケですから、周りの患者さんは「コイツら超ポジティブ!一体何なんだ?」とか思われていたかもしれないですね(笑)
でも、ポジティブなんかじゃないんです。どんなに拭っても、次から次に沸いてくる「不安」や「怖さ」を排除したいから、せめて言葉くらいは前向きで楽しいことを吐き出そう、という気持ちが強かったです。自己暗示、それしかありません。

そして、夜の回診で来てくれた先生にもFOLFIRINOXをやる旨をお返事しました。
「お、決めたんですね。FOLFIRINOX」
「先生の第1号だからね、俺。よろしくお願いします」
「ははは、わかりました。では早速、僕は薬を取り寄せたり、準備に入ります。これから、ポートを埋め込む手術もあるし、薬剤師の方から説明もありますし、質問があったら何でも聞いてください」
「先生、これカミさんが見つけてきたんだけど、俺と似たような人がFOLFIRINOXで手術できるようになったみたいで」
あら、自分では読んでもいない紙を、先生に見せちゃってるし。

「今度の外科学会で発表されるらしい、ですよ。先生も、俺のケースで発表しちゃえば?な~んて」
「はははは、そうなれるように一緒に頑張っていきましょう」
いつもより珍しく口数が多く、笑顔だった夫。先生とがっちり、男同士の握手をしていました。

さあ、いよいよFOLFIRINOXがはじまります。
それに向けて、周りが何となくバタバタと慌ただしくなってきました。
夫は、来たる日に向けてとにかく食べること。そして、私ができるのは「上手くいきますように」と祈るだけです。

世の中は、まだ賛否両論いわれている抗がん剤問題。
やるのもひとつの選択、やらないのもひとつの選択。どっちが正しくて、どっちが間違っているとかどうでもよくて、今はまだ「わからない」のが現状なのでしょう。たとえエビデンスがあっても、「効く人」もいれば「効かない人」もいるのが現実(難しいすい臓がんですしね)。だから、多くの人が真剣に迷うし、悩んでいるんですよね。そして、選択をする。現代の医療をもっても、まだこの段階、これが現実なのだと思います。

それに、どんな決断をしたとしても、物は考えようでポジティブにもネガティブにもなります。
当時こんな強気だった私でも、夫がいなくなった今、ごくたま~に「抗がん剤をしなかったら、もっと長く生きられたのかな?」と思ってしまうことがあります。でも、そういうときは、だいたい私の心が弱っているときなんですよね。

そういう状態に陥ったときは、「いーや、あのときちゃんと考えたし、ちゃんと話し合って決めたでしょ」「いかんいかん。あーー、今私の心が弱っているぞ。だから、ロクでもないこと考えちゃうんだ~」と開き直るようにしています。ネガティブになろうと思ったらいくらでもなれますし、キリがありません。そんな精神状態で、いいことあるわけないじゃんって思うのです。だから、開き直ってゴミ箱にポイッ!これの繰り返しなのかなぁ、なんて思ったりします。

さて、病院から戻って来た私は、すぐお義兄さんに電話で報告をしました。
「え?やるの?マジで?そっかぁ。すげーな、○○。俺なら、絶対に無理だ。うん、ムリムリムリ。○○は、勇気あるねぇ。で、いつやるの?俺、休み取って行くから決まったら教えて」
当時、一番ビビっていたのは、お義兄さんだったようです(笑)

15.やる?やらない?抗がん剤治療 その2

前回の続きです。

夫とふたりで抗がん剤の説明を受けた後、一旦は病室に戻りました。
少しして私がコンビニに行こうと歩いていたら、ナースステーションにいた担当医の先生に手招きされます。
「何?何?」と近づくと、さっきまでいたカンファレンスルームにまた案内されました。

「さっきは、ご主人がいらっしゃったので言えなかったのですが、奥さんにはお伝えしておこうと思って。」
そう切り出すと先生は、FOLFIRINOXをした場合の余命について説明してくれました。

「前にもお伝えした通り、抗がん剤をしたとしても1年。データ上は、抗がん剤をしたことで半年命が延びる計算になるわけですけど、抗がん剤をすることで辛い思いをしちゃうかもしれない。リスクもあるし、本当に半年延命できるという約束もできません。でも、薬が効いてくれれば、半年どころかもっと生きられる可能性もある。こればかりは、僕にもわからないし、やった場合とやらなかった場合を比較することができないんです。ご主人の身体はひとつですからね。だからこそ、これからの時間をどう過ごすか?ということも頭の片隅に置きながら、決めてくださいね。」

そっか…抗ガン剤マシマシのきっついFOLFIRINOXをやっても、やっぱり1年なんだ。しかも、効くかどうかもわからないんだ……。

「そうですか……何だか、抗がん剤ってギャンブルみたいですね」ふとこんな言葉が出てしまいました。
「ギャンブルじゃないですよ。ギャンブルは、当たるかどうかわからない不確定要素の中でやるものですけど、抗がん剤は治療成績もちゃんと出ていますからね。」
(やっべ…先生、ちょっとムキになってるし)
「あぁ、ごめんなさい。例えがちょっと悪かったですね。そういう意味じゃなくて~。でも、患者にとってみたら、効くか効かないかわからないのに、リスクを背負うわけですよね。それって、素人から見たら、十分なギャンブル的要素に思えて仕方ないんですけど~」(あれれ、謝っていながら反論してるよ、私。でも、ちょっと言いたい)
「まぁ、確かに奥さんのおっしゃることもわかります。そういう意味で、ギャンブルっていったらギャンブルなのかもしれないですけど……(苦笑)」

担当医の先生は、多分私よりひと回りくらいお若い先生(30代後半くらい?)だと思うのですが、オトナでした(笑)

こんなやり取りができるのもこの先生だからこそで、こうしてムキになることでお互いの考えや性格も見えてくる、というもの。このくらいのバトル…もとい、意見交換ならウエルカムです(笑)
でも、こうして夫のことを気遣って、2回に分けて説明してくれた先生には、やっぱり感謝しかありません。

ちなみに、グーグル先生に「抗がん剤」って入れると、すぐじゃないですけど第2検索ワードで「ギャンブル」が出てきました。
ほら~、言葉のチョイスや意味合いは別として、私と似たようなこと思ってる人いるじゃーーん(笑)

さて、家に戻った私は検索の鬼となり、ひたすら「FOLFIRINOX」をググりました。
これは、病院で渡された紙にある副作用の項目。

ひえーーー、ほとんど全部の項目にチェック付いてるし…。
皆さんのブログを見ても、副作用のことがズラリ。しかも、こんなに大変な副作用を受け止めながら、10回、20回と続けていらっしゃる方もいらっしゃる。その誰もが必死で、この難解なすい臓がんと向き合っていて、懸命に生きようとしている…それはバシバシ心に響きました。

これだけ大変な思いをして、残念ながらお亡くなりになった方もいらっしゃいます。余命宣告の年月を遥かに超えて、頑張っていらっしゃる方もいます。こればかりは人それぞれ…とアタマの中でわかっていても、つい「夫はどっちに入る?できれば後者……いーや、後者だよきっと。そう、後者に違いない」と都合のいいように思い込もうとしている私もいました。

そのなかで、夫ととても似ている症状の患者さんがFOLFIRINOXによって腫瘍が小さくなり、手術もできたという方のブログに出会いました。その患者さんの正確な年齢はわかりませんが、夫よりひと回りくらい先輩の女性と思われ、ブログ主は娘さんです。

来たーーーー!救世主、現る!?

お名前も知らず、面識もない方ですが、「勝利の女神」のように思えました。
その女性の症例は学会で発表されたそうで、そのくらいレアなケース。「奇跡」と呼べるものなのかもしれません。

ううー、その希望に賭けてみたくなってきた……ねぇ、ねぇ、やってみちゃう?FOLFIRINOX。
私のギャンブル魂が、ピクピク反応してきます。が………

いやいや、ちょっと待てーい。落ち着けーー、自分。
実際に抗がん剤をするのは誰よ?私じゃない……よね?
私が「やってみようよ」と言ったら、きっと夫は「そうだな、やるか…」と答えるはず。
でも、相手は抗がん剤マシマシだよ?それを身体のなかに入れるのは夫だよ?風邪薬を飲むのとワケが違うよ?
そんな重大なことを、私が決めちゃっていいの?

命に関わることだけに、責任をもつのが怖かった、というのも正直あります。
もしFOLFIRINOXをやって、重篤な状態になったらどうしよう、という心配もあります。
そうなった場合、私は耐えられる?「私のせいだ」と、後悔するんじゃないの?後悔を少しでも減らす選択をするって、あんた自分で言ってたよね?……一晩中、パソコンの前で自問自答して出した結論は

ごめん、私には決められないや。
夫の命は夫のもの。私が決めることじゃないよ。

私ができることは、調べた情報を夫に伝えるだけ。
翌日、ネットで得たいくつかのケースをプリントアウトして病院に持っていきました。10枚くらいあったでしょうか?
でも、さすがに「死」を連想させる内容は無意識に避けていたような気がします。このときの私は、認めたくなかったのだと思います。
副作用の内容がメインで、FOLFIRINOXの場合、アブラキサン+ジェムザールの場合、同年代の方の場合、ご年配の方の場合などなど。

「昨夜あれから、いろいろ調べてみたんだ。でも、抗がん剤って人によって本当に違うみたい。この人は、仕事をしながらFOLFIRINOXをやっているんだって。で、この人の場合は…」
プリントアウトの紙を説明しながら出していくも、夫は渡された紙を持つだけで老眼鏡をかけようともしません。
「で、どうなの?」
「いやいや、どうなのって言われても……って、読まないの?参考になるかなぁと思って持って来たんだけど」
「うん、それはわかるけども……読むの、面倒じゃん。こんなに文字、たくさんあるし。調べたんでしょ?いろいろ」

出たーー、夫の面倒くさがり病。
私もかなりの面倒くさがりですが、夫の面倒くさがりも相当なもの。まぁ、似たもの夫婦ってこういうことなのでしょう。
でもさ、毎日毎日院内のコンビニで、スポーツ新聞買って読んでいるよね?その活字と、この活字は違うのかいっ!

「というかさ、面倒とか言っているけど、本当は読みたくないんでしょう?」
「別に……」

おっと、今度は必殺「別に」返し、出たーーー。
そう、沢尻エリカ様も真っ青なくらい、夫は「別に」が口癖の人。話題になった元国会議員風に言えば、「別にじゃ~ないだろおおおおおっ!ちゃんと答えようよーーーー!」となるのでしょうが、私も慣れっこです。普段なら「そう、だったら好きにすればいい」とこっちもそれ以上言いませんが、やっぱり事が事だけにねぇ…。

それに、夫はもともと自己主張が強いタイプではありません。
仕事については、自分で決めて「こうなった」「こうするから」と事後報告。それを聞いた私は、「そっか、わかった」という流れ。私の仕事について口出しをすることはなく、「自由にやればいい」「相談されれば答えますよ」というスタンス。
一方で、仕事以外となるとほぼ私が主導…という感じでしょうか。「こうしたいと思っているんだけど」と私が投げて、「いいんじゃない。」「それはちょっとどうかと思うよ」「ヤダ」とジャッジするのが夫でした。

そう考えると、「コレ読んで、自分で決めて」は今までないケース。「別に…」だって、今はじまったことではありません。
「がんだから」「抗がん剤だから」「命がかかっているから」といって、いつもと違うスタイルじゃなくていいんですよね。
ヘンに構えていたのは、私の方だったかも……はぁ、ちょっと気合い入れ過ぎたようです。

こうして、ひとりでグルグル二転三転したものの、私が調べたことを夫に口頭で伝えることとなりました。
副作用は、かなりキツい可能性があること。副作用によって、続けられない場合もあるし、続けている人もいる。
抗がん剤が耐性を持つのは仕方のないことだし、命を縮めてしまうリスキーな部分も否めないこと。
でも、私が読んだブログのなかで、奇跡的な症例の人がひとりだけいたこと。ただし、学会で紹介されたくらいレアなケース。
もうね、調べれば調べるほど、私自身よくわからなくなってきたし、先生は否定するかもしれないけど私には抗がん剤がギャンブルのように思えて仕方ない。
だからこそ、私は「やろうよ」とも「やめようよ」とも言えないのが正直な気持ち。
調べた範囲の事実と私自身の思いをそのまま伝えました。

「そっか、わかった。するにもしないにも、先生に返事しなくちゃだもんな。どうするか、今夜一晩考えてみるわ」
夫はそう言って、天井を見つめていました。

夫はどんな選択をするのだろう?
どっちの選択をしても、私はできる限りフォローしていこうと思ったのでした。

14.やる?やらない?抗がん剤治療 その1

食後の発熱問題と同時進行でやっていたのが、今後の方針について。
夫の場合、できることは化学療法のみでしたので、まず担当医の先生から抗がん剤の説明を受けました。

現在、すい臓がんの標準治療で行っている主なものは
・FOLFIRINOX療法
・ジェムザール(ゲムシタビン)+アブラキサン(ナブパクリタキセル)
・TS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)

すい臓がんがわかってから、私もあれこれ調べていましたが、それにしても舌を噛みそうです。

抗がん剤に種類があるのはわかったけれども
で、どれがおすすめなの?
で、ぞれぞれどんな違いがあるの?
で、どんな効果が考えられるの?
で、どんな副作用があるの?

アタマの中に広がっていた「で?」「で?」を、ひとつひとつ解説していただきました。
といっても、あまりにも専門的すぎて、どこまで理解できたか?はビミョー。

ただ、ハッキリしているのは
夫の場合の抗がん剤は、「治すため」ではなくて「進行させずに、腫瘍を小さくする」ことが目的。
先生曰く「すい臓がんが暴れ出すと、医者も手に負えない」のだとか。

マジ!?っていうか、私たち、今、すっごく脅されてる?
いやいや、この先生が言うのだから事実なのでしょう。
でも、私たちは「すい臓がんが暴れる」というのがどういうことなのか、全くピンと来ていませんでした。

このとき、夫の体重は55キロをいったりきたり。
身長が168cmなので、だいぶスリムになったけれども、まだガリガリ君ではない。
年齢も53歳と若いし、体力もあります。
…というか、すい臓がんという事実と、痩せたのと手術の影響なのか下痢っぽいだけ。あとは、発熱。それ以外は、何も変わっていません。

担当医の先生からのご提案は、4種類の薬剤を使う「FOLFIRINOX(フォルフィリノックス)療法」でした。
「これ…ですか?」私は、事前にプリントアウトして持っていたFOLFIRINOXの説明書(?)を出してみました。
「そうそう、これこれ。もともとは、大腸がんの治療で使っているFOLFOXとFOLFIRIを組み合わせたものなんですよ。FOLはフォリン酸っていって…」先生が話すことを、メモするだけでいっぱいいっぱい。

まとめると
FOL…フォリン酸の「フォル」で、「レボホリナート」を使用(5-FUの効き目を強めるため)
F…抗がん剤フルオロウラシル(5-FU)の「F」
IRI…抗がん剤イリノテカンの「イリ」
OX…抗がん剤オキサリプラチン(エルプラット)の「オックス」

マクドナルドでいったら、メガマックみたいなもの?ラーメン二郎風にいったら、抗がん剤マシマシみたいなもの?こんなバカ野郎で、すみません(笑)

ただし、「4剤使うので、副作用は結構キツイみたいですけど…」とのこと。
らしいようですね。すい臓がんの方のブログを読んで、FOLFIRINOXの副作用で大変な思いをされていらっしゃる様子はいくつも拝見していました。うんうん……抗がん剤マシマシだものね。

ん?いやいや、ちょっと待って。
キツイ「みたい」???今、「みたい」って言ったよね?
こういうのを聞き逃さない私なので(笑)、すかさず先生に尋ねました。

私「先生、今までFOLFIRINOXの症例って、あるのですか?」
先生「僕ですか?僕は、ないです。というか、当院で、まだFOLFIRINOXを使った症例はありません。FOLFIRINOXができる患者さんって、年齢や状態が限られているので、誰にでも勧められる方法じゃないんですよ。」
夫「ということは、もし俺がやると言ったら、先生にとっての第1号?」
先生「となりますね。」
夫「第1号か……でもなぁ、副作用がキツイのか…う~ん。それがイヤなんだよなぁ。」
私「先生、もし、もしですよ。先生が、主人と同じ状況だったら、やります?FOLFIRINOX……」
先生「一度は、やってみたいかな。やってみて、あまりにも辛かったらやめちゃうかもしれないですけど。」
夫と私「そっか……先生は、やるんだ。やっちゃうんだ。」

なぜ、FOLFIRINOXなのか?も聞いてみました。

どんな抗がん剤でも、遅かれ早かれいずれ耐性をもってしまう。それに、抗がん剤は体力や免疫力を奪うことが多いもの。
例えば、ファーストラインでFOLFIRINOXをやった場合、効き目がなくなったらセカンドラインとしてアブラキサン+ジェムザールという手が考えられる。でも、逆だった場合。副作用はFOLFIRINOXほどじゃないといっても、アブラキサン+ジェムザールだって抗がん剤に変わりはない。「やっぱりFOLFIRINOXにする」となったときに、その体力があるかどうかの保証はない。「やりたい」と思ったときに、できない場合もありうる、ということも考えなければいけない。

ふむふむ。ただ単に「初だから、やってみたい」じゃないのね。
すすすすすみません。エラそうで…(汗)担当医の先生のことは、すごく信頼しています。でも、どうもこの天邪鬼な私の性格が、ついロクでもないことまで考えてしまい、裏の裏まで読んでしまう、というか何というか……(汗)
もちろん、そんな失礼なことは口に出していませんけれども。

「今すぐじゃなくていいので、ふたりでよ~く相談して決まったら教えてくださいね。」
先生に言われて、私たちはカンファレンスルームを出ました。

抗がん剤をしなかった場合の余命は半年、抗がん剤をしたとしても1年。
余命については、このような理由で夫には伝えていません。なので、抗がん剤の説明でも担当の先生は、このことについては一切触れませんでした。

選択肢は、ふたつ。抗がん剤をやるか?やらないか?
さあ、どうする?大きな決断をしなければなりません。

長くなりましたので、続きます。

13.夫の前では絶対に泣かない、と決めたものの…

夫のすい臓がんがわかって、自分のなかでひとつだけ決めたことがあります。
それは、夫の前では泣かない、ということ。

これまで、夫が人前で泣いたのを見たことありません。
時代なのでしょうか…多くの男子が「男の子は泣いちゃいけません!」と言われて育った世代だからか、出会って30年以上ですが、本当に泣かない人です。といっても、2歳年上のお義兄さんは普通に泣くので(笑)やっぱり性格!?

映画やドラマなどで、「あのシーンで、うるっと来た」とご丁寧に報告してくれますが、え?うるっとで終わり?……基本的に感情を表に出すのはカッコ悪いと思っている人で、それが彼の美学なのでしょう。

無口というのもありますし、相手が誰であろうと(たとえ芸能人でも、偉い人でも)愛想を振りまいたり媚びを売ることもなく、淡々とクールにしているので、第一印象はめちゃくちゃ悪い。間違いなく「怖い人」と思われます(笑)
でも、喜怒哀楽の「怒」だけは顔に出ちゃうようで、「むっ」とするともっと怖い人になります。

そんな人なので、ちょっと笑ったり、冗談を言ったりすると、受けがとてもいい。ギャップってやつですね。いつもフザケている私の10%くらいウケを狙っただけで、周りは大喜び。「私は120%の力をかけて笑わせているのに、ずるーーい」私はよく焼きもちをやいていました(笑)

それは病院でも同じで、入院が長くなるほど「あ、笑ってくれた」「意外と面白いことを言うんですね」とナースの皆さんからの人気は上々に(笑)
ほーら、まただ。くう~、少しでも悪い印象にならないように、これまでヘラヘラ愛想を振りまいていた私って一体┐(´д`)┌…となるわけです。

そんな夫ですから、がんを告知されたときも冷静でした。
取り乱すこともなく、悲嘆することもなく、いつもと変わらず淡々と。
ただ、病室に戻って「参ったな」とぼそっと言いながらベッドに横になり、ずっと天井を見つめていました。

そんな夫に何て声をかけていいかわからなかった私は、視点も定まらずにぼーっとするだけ。例えは良くないですが、まるでお通夜のようでした。本当の病室は明るいのですが、周りが真っ暗になって自分たちの所だけスポットライトが当たってズーンとしているような。
このときは「泣く」という感情さえ忘れていましたが、なぜかアタマのどこかで「絶対に泣かない」「絶対に泣かない」と呪文のように唱えていたような気もします。

そこからの私は、「夫の前で、絶対に泣かないぞ」と自分自身に誓いました。
私が普段あまり好きじゃない「絶対」という言葉を使ったのも、そのくらい強く思わないと自分が持たないと感じたから。

本当に泣きたいのは夫の方。なのに、夫より先に泣いてどうする?
もし私が泣いたら、夫を責めちゃうことになるのでは?…そんなことを思っていたので、「意地でも泣かないんだから」「泣いてたまるか」とムキになっていたところもありました。
いつもと同じように、能天気に明るく、フザケて笑わせてやろうじゃん、と。

でも、今思うと果たしてそれが良かったのだろうか……と思う私もいます。
人生の一大事なんだし、こういうときぐらいふたりで泣いても良かったかな、とか
いやいや、私が泣くのを我慢してることくらい夫はお見通しだったはず。「こいつが踏ん張ってるのだから、俺もガンバルぜ」となってくれていたのだろうか、とか。
このシチュエーションで能天気にフザケてる方が、返って不自然でワザとらしかった?とか。
今になって、またいろいろと考えてしまうわけです。

それに、泣かないのは夫の前だけじゃなかったんですね。
親友に「あんたがあまりにも冷静でビックリした」と言われたことがありましたが、友達や母の前でも無意識に「泣いちゃいけない」と。
ひとりで家にいるときは多少泣きましたが、「いやいや、泣いてる場合じゃない。ダメダメ」と打ち消し。
気持ちがピーンと張りつめていないと、折れてしまいそうだったのも事実です。

でも、ここまで無理矢理感情を押し殺してしまうとダメですね。
後になってからですが、感情の回路がぶっ壊れました
夫がいなくなってから半年くらい、気持ちの整理ができていなかったのも理由のひとつでしょうが、全く泣けないんです。泣いても、せいぜいホロリ程度。

するとどうなるか……私の場合、一気にやってきました。雪崩のようにドドドーーッと。感情と関係なく、涙があふれて止まらない。お笑い番組を観て笑っているのに、なぜか泣いているという…何これ?な状態です。
身体が壊れちゃったのかと思うくらい、何も手につかないし、電車に乗っている途中で苦しくなって降りてしまったことも。
自律神経もおかしくなっていたようで、動悸、息切れ、目まいも頻繁に。

涙を流すことは、心のデトックスといいますが、本当でした。
「絶対に」なんて意気込んでいたことが、そもそも間違っていたのかもしれません。
私のように、もともと感情のストッパーが緩いタイプが、今回みたいに慣れないことをすると後でシワ寄せが来る。
あああああ、やってもうたーーー状態。
やっぱり感情は、適度に発散させないとダメだわ、と思った出来事です。

特に、喜怒哀楽の「哀」とは、ある程度心の赴くまま、素直に向き合った方が良さそうです。
「怒」については、程ほどに…でしょうか。怒ると、エネルギーの無駄遣いになりますしね。
「喜」と「楽」なら、ウエルカム。思う存分ストレートに。楽しいことを、明日への活力にしていきたいものですね。

もしも今、2年前の私のように考えている人がいらっしゃったら、あまり自分で自分をがんじがらめにしないでくださいね、と言いたいです。本人の前で泣くことに抵抗ある場合でも、どこかに“自分が泣ける場所”を持っている方が精神衛生上よろしいかと思います。
私のようにならないためにも、適度なデトックスをどうかお忘れなく。

そう考えると、夫はどうやって日常の感情を発散させていたのだろうか?という疑問がふつふつ…。
何があってもドンと冷静に構えていた姿は、確かにカッコ良かったのですけどね(笑)真似したくても、私にはできそうにありません。

最近の鼻歌ソングはMr.childrenの『HANABI』

最近、ミスチルの『HANABI』のサビをやたら鼻歌している自分に気付きます。
ドラマ『コードブルー 3rd Season』を観ている影響でしょうか。
ちょっと前にも、1st&2nd Season全話を観直していたからでしょうか。

テレビ大好きだった我が家。特に、警察モノと医療モノは大好物です。
なかでも『コードブルー』は、スーパードクターが出てくるわけでもなく、登場人物それぞれが様々な経験を通して成長していく姿に「がんばれー」と感情移入する部分が多く、夫も気に入っていたドラマのひとつです。

すでに観終えていた1st&2ndも、こうなって改めて観ると重みが違いますね。
あぁ、このときは児玉清さん生きていたんだよなぁ…とか
やっぱり医療現場って、気持ち的にも肉体的にも厳しい仕事だよね…とか
命のボーダーラインって何なのだろう…とか、いろいろと考えさせられます。

と同時に、聴けば聴くほど主題歌『HANABI』の歌詞がとーーっても深い内容のような気がしてなりません。
(著作権の関係で、ここに載せられないのがザンネンですが…)

この歌の意味には諸説あるようですし、どちらかというと別れを連想させる内容。
今の私にとっての「もう1回」は、やっぱり「会いたい」という想いが一番強くて、真剣に聴いてしまうと涙が出てしまいます。
でも、鼻歌のときは、「よーし、踏ん張ろう」「あきらめないぞー」と自分で自分を奮い立たせている私もいます。

メロディの影響もあるのでしょうか。
悲しさや切なさだけじゃなくて、底ヂカラのようなパワーがみなぎってくるような不思議な歌。
今の私はそれが「仕事」や「人生」になっていますが、2年前は「夫に奇跡が起こること」が一番のテーマでした。

確信や答えなんて、どこにもない。
そこに何があるか……全くわからないけれども、天に向かって手を伸ばしてみる。もう少しで届きそうなら、つま先立ちしてみる。
いっそのこと、大きくジャンプでもしてみたら届くかな(笑)
もし掴めなかったとしても、実は何もなかったとしても、もし結果がわかっていたとしても、もう1回、もう1回と何度も何度もあきらめない。

往生際が悪い?
いやいや、私のこの人生は一度きり。夫の人生だって一度きり。
そのなかで1度や2度くらい、あえて往生際悪く粘ってみるのも悪くないでしょ。
こっちは、文字通り「往生際=生きるか、死ぬか」がかかっているのだから、そんな簡単に割り切れないんですよ。不器用なら不器用なりの往生際の悪さがあってもいいような気が……。
2年前は、ずーーっとこんな気持ちを抱いていたような気がします。

「往生際が悪い」って、あまりいい意味では使われません。どちらかというと悪い意味。
ともすると、「執着」になってしまうことだってあります。
「執着」になると周りが見えなくなってしまうし、感情的にもなりがちです。そして、執着の怖い点は、ずっと同じところをグルグルしてて、全然前に進めないんじゃないかって思うのです。だから、そこだけは注意ね。

「往生際悪くちょっとジタバタしてみるけど、執着はしないよ」……この歌は、そこもサラリと言っている気がします。
心は、水の流れのごとく揺れて流れて、決して滞らせることのないように……と。
水だって流れが止まって一箇所に溜まっていたら、汚れるし、ときには腐ってしまうことだってあります。いつも澄んだ水であるためには、流れを止めないこと。それは、心も同じだよね?だから、もう1回もう1回と進んでいこうよ。
……私は、そんな解釈をしてみました。

それで、上手くいくこともあります。でも、どこかでまた大きな壁にぶつかるかもしれない。もっといえば、あきらめなければいけない場面だってあるかもしれません。
まぁ、そうなったときは、そのとき。そこで、また考えればいいや。
そんな開き直りも持ちながら、今日も『HANABI』を鼻歌。

ちょっとシンドくなったら、おまじないのように♪もう1回、もう1回~の部分をヘビロテ、です。
でも、本物の花火は、何となくいろいろなことを思い出してしまいそうで、まだ実際に見る根性はないんですけどね(´;ω;`)

12.一度崩れた体調はそう簡単に回復しない~食後の発熱問題

術後12日目、2015年4月13日の夕食はお粥に豆腐ハンバーグでした。
(たまたまこの写真がiPhoneに入っていました。)

この時点で、夫の体重は入院前と比べてマイナス10キロ。
やっぱり約1カ月に渡った絶食の影響は大きくて、食べられるようになったら今度は新たな問題が…。
食後決まって、熱が出てしまうようになりました。
健康な人でも食後は体温が高くなりますが、夫の場合は38度を超えることも多くて、もうぐったり。
食事の最後の方は、はぁはぁ息切れもしてきて見た目でシンドそうなのがわかります。

食べなければ体力がつかない。でも、食べると今度は熱が上がって体力消耗。
まだ、手術の炎症もあってか、普通にしていても37度台の微熱が続いていますし、
うむむむ……人間の身体は、そう簡単には都合よくいかないものです。

それでも、夫は頑張ってよく食べてくれたと思います。
私ならきっと「あーー、食べるとまた熱が出てシンドイからヤダー」と根性無し全開になったでしょうから。
解熱剤も処方してもらっていましたが、追い付かない状態で、ほぼ1日中枕の上にはアイスノン。
食べては発熱、また食べては発熱……を繰り返しながら、少しずつ身体を慣らしていくしかありません。

そして、ちょうどこの頃、私が気になっていたのは漢方薬。
子供の頃、虚弱体質だった私は父と一緒に毎朝センブリ茶を飲んでいた渋い小学生(笑)婦人系の病気のときも漢方製剤を処方してもらっていました。
しかも、たまたま仕事の打合せで会った親しい社長さんから「これ、何かの参考になれば」と渡されたのが、これまた漢方の本。
気になっていたからか、これも神様の思し召しなのか、単なる偶然なのか……ここはひとつ、神様の思し召しということにしときますか(笑)

いただいた漢方の本を一気読み。
家にあった漢方の本も引っ張り出したり、ネットで調べたりと漢方情報をひたすら手帳にメモって、担当医の先生に相談することにしました。

このブログで何回も書いていますが、担当医の先生は話をきちんと聞いてくださる人。自分の考えを決して押し付けないですし、頭ごなしに否定することもありません。といっても、ご自分の意見はロジカルにハッキリおっしゃる方。バリバリの理系なのですけど、心の機微を感じ取ってくださる…私たちにとって頼れる存在です。

早速、夜の回診時に
「先生、昨日漢方が気になって一夜漬けしたんですけど、体調を整える方法としてどう思われますか?これとか、これとか…」(プリントアウトした紙を数枚見せて)
「お、漢方。いいと思いますよ。『補中益気湯(ほちゅうえっきとう)』は、病後の回復に飲む方も多いですしね。飲んでみます?」
あら、この先生、漢方にも寛大でした(笑)
翌日から、夫が飲む薬には1日3回の『補中益気湯』が追加されることになりました。

ただし、この『補中益気湯』がどのくらいの効果があったのか……ハッキリ言ってわかりません。
補中益気湯だけ飲んでいるわけじゃないですし、他に出ている西洋薬が効いているのかもしれない。それに、食事をするようになって少しずつでも免疫力がついてきたのかもしれないし、こればかりは「絶対」というものは存在しないと思います。
それだけ、人体のメカニズムは複雑で神秘的なのでしょう。
ひとつだけ言えるのは、「気になっているものは、とにかく一度聞いてみよう」でした。

その後の夫は、食後の発熱もだんだんと緩やかになっていき、食後に廊下を散歩できるくらいまで回復してきました。
しかし、体重が10キロ落ちたことと、熱のだるさで運動不足になっていたため、脚の筋肉はげっそり。筋肉は使わなくなるとあっという間に落ちる、というのは本当ですね。

物心ついたときからスキーをはじめて、中学・高校はスキー部に所属。プライベートでもスキー、ゴルフとやっていて、特に足腰はがっちり筋肉質だった人です。
だからこそ「シャワーを浴びたとき、自分の脚を見てイヤになったよ」と言い出すくらい、身体の変化にショックを受けていました。

これも現実。でも、めげている時間は私たちにはないのです。
食後の散歩の度に、廊下にある体重計に乗っては「お、今日は200g増えてる」「おお~、500g増加だよ。すごくね?」と無理矢理にでもモチベーションを上げながら、失ったものを少しでも取り返そうとしていました。
「小さなことからコツコツと…」「西川きよしかよ!」「いやいや、それって大事だから」とフザケながら…。

11.「重湯がまずい」…子供のように駄々をこねる夫

その後の夫についてほったらかしになってしまいましたので、ちょっと軌道修正して夫の術後についてお話します。

約1カ月間の絶食生活を経て、胃と腸をダイレクトに繋げる胃空調バイパス手術も無事に終わりました。
術後2日目(だったような…記憶があいまいですみません)には、待望の食事が運ばれてくることに。
さあ、これからモリモリ食べて、体力もつけて本腰入れてがんと向き合うぞー!
…といいたいところですが、物事には順序があります。

約1カ月間水分とアメしか口にできなかった夫ですので、重湯からスタートなのですが、これが「まずい」と言って食べてくれません。
重湯だからね。そんなに美味しいものじゃないのは知ってるよ。
でも、それでも食べなくちゃじゃん。
ずっと重湯じゃないんだし、これから今まで通りゴハンを食べるためにもね。
……もうあの手この手で何とか食べてもらおうとしても、ほんの4~5口運んだだけで「もういい」「片付けて」と残します。

子供かーー!?
子供の方が、多分もう少し聞き分けがいいと思うぞ!
…と言いたい気持ちをグッと堪えて(笑)
「じゃあ、私も食べてみるから」と夫の目の前で重湯を完食して見せても、「おいしくない」「やだ」と。
※病院スタッフの方には、私が食べた量を報告しています。

夫は料理人といっても、美食家というわけではありません。
といっても、ぽや~んとした味が好きじゃないのは事実。重湯用にお塩も付いてきましたが、それでもぽや~ん。
わかるよ、あなたがこういう味を好きじゃないことも。食欲が沸かなくなることも…でもね、それでは困るのですわ。

それにしても、どうしたのだろう?
こんな聞き分けのない人じゃなかったはずなんですけどね。
言葉にこそ出しませんが、まだ夫は現実を受け止めきれない精神状態なのかもしれません。

こういうときは、看護師をしていた我が母に聞くのが一番いい。
助産師でもあった母は産婦人科専門だったけれど、彼女ならもう少し説得できそうなトークを持っているかもしれない。

そして、母から夫宛に届いたメール。

「○○ちゃん、手術お疲れ様。大変だったね。
ところで、人間の身体は、絶食した日数と同じ日数だけ回復に時間がかかるの。
○○ちゃんの場合は1カ月も絶食しているし、手術もしているから、尚更身体を労わりながら食べないといけない。
赤ちゃんが離乳食を始めるように、1口を少量にして時間をかけてゆっくりゆっくり。
重湯はまずいだろうけど、炭水化物やたんぱく質とかブドウ糖の点滴よりはるかに高い栄養価があるの。神経細胞、赤血球、白血球を作るための栄養素だから、どうか嫌がらずに食べて下さい。
今食べたものが腸で吸収されて、血になるんだ、細胞に届くんだとイメージしながら食べるとちゃんと身体に届くから。
辛いだろうし、イライラするだろうけど、今が踏ん張り時よ」
※誤字脱字やヘンな言い回しは直しています

母もよくこんな長い文を打って、送ってくれたと思います。
ちょっと説教くさいですし、この手の話になると独特な世界感になるのですが、一応専門家ですからね。
それにしても、赤ちゃんの離乳食に例えてくるとは……さすがっすね(笑)

しかも、その数時間後に「どうしてもまずかったら、一緒に出ているコーンスープをかけて味付けしちゃうといいわよ(ハート)」と、おばあちゃんの知恵袋的なアドバイスも。

それからの夫は、重湯に付け合わせのコーンスープをドバーッとかけて食べてくれるようになりました。
私の母に気を遣ってくれているのかもしれませんが、まぁまぁ食べてくれれば良しとしましょう。
食事もあれよあれよという間に重湯からお粥になっていき、食事の量も日毎に増えていきます。

ただし、どうしても「これはいいや」と拒絶してたのがコレ。

食事だけではどうしても不十分になりやすい栄養素を摂るための流動食「クリミール」。
確かに、そんな美味しいものじゃ~ありません。パックなので冷蔵庫に入れて取っておけるのですが、朝・昼・晩と1日3回出るのでどんどん溜まっていく一方に。

コレが、毎日の病院通いで自分の食事もテキトーになり栄養が偏りまくっている私の高栄養流動食になっていたのはいうまでもなく。
病院へ行ったら、「さ~て、今日は何味を飲もうかな?」と栄養ドリンクを飲むかのごとく「クリミール」をゴクゴク。そんな私を見て、「よくそんなの飲めるね」と呆れ顔の夫。

えええええ!?そもそも何で私がコレを飲んでいるんでしたっけ?それに、私がそんなに栄養を摂ってどうすんじゃーい(笑)

10.「ごめん」という夫にどう接したらいいのだろう

麻央さん絡みのお話が続いて恐縮ですが、私が彼女のブログの中で強く心に刺さったのが最初の頃に綴った「病気になってごめんなさい」という言葉でした。

病気になりたくてなる人なんて、誰ひとりとしていません。
がんになったことは、あなたのせいじゃない。あなたは何も悪くないよ。だから、謝らないで。
確かに「えらいこっちゃー!大変なことが起きたぞ」とは思います。でも、それと謝られるのは別で、家族は本人から謝られるとちょっと辛さが増してしまう……少なくとも私はそうでした。

夫は、何かあるごとに「ごめん」と言っていました。
「ごめん」という言葉に、当時の私はどこかマイナス的なイメージを持っていました。
これから手強いすい臓がんと折り合いをつけてもらうためにも、夫の心の中にあるマイナス要因を少しでも取り除きたかった、という気持ちが強かったです。
だから、私は「やだな~、何で謝るのよ~。○○ちゃん(夫の呼び名)は、何も悪いことしてないじゃーん。そこは、ごめんじゃなくて、ありがとうと言ってよ~」とフザケながら答えていました。

何度言っても「ごめん」と言われるたびに、「ほらー、またごめんって言う~。そこは、ありがとう~~♪」とSMAPの『ありがとう』の1フレーズを歌ってみたり。夫にはずいぶん「ありがとう」を強要をしたな、と思います。

今振り返ってみて、この返答はどうだったのだろう?自分の気持ちを押し付けていなかっただろうか?と思うときがあります。
そんなときに読んだ麻央さんの言葉だったので、「そっか……何はともあれ本人にとっては、ごめんなのか」……ガツンとやられた気持ちでした。
よくよく考えたら、もし私が夫の立場だったら、やっぱり「ごめんね」と言っちゃうと思います。ええ、間違いなく。

夫の「ごめん」は本心だろうし、思いやりだったと思うし、もっともっと深い意味があったような…。しかし、私は言われるのが辛くて、まともに答えていたら泣いてしまいそう。だから、それを誤魔化すように茶化すことしかできませんでした。

こんなとき、何と答えていたら良かったのでしょうね。
「本当だよ、だから○○ちゃんも負けないでね」……うーん、何だか違う。
海老蔵さんが麻央さんに言ったように「何だよ。家族なんだから、ずっと支え合うんだよ」……すごくいい言葉なんですけど、私には照れくさくて、とてもじゃないけど言えそうにもありません。(でも、1回くらいは素直になって言っても良かったかな)
いつもフザケているのが私だったから、明るく「No problem!」とか「全く問題ナッシング!」とニカッと笑って、親指でも立てておけば良かったかな。(注:中指じゃないですよ~ww)

日常のちょっとした会話って、難しいですね。
何気なく放った一言が、励みになることも、刃になることもあるのですから。
あまり神経質になっても、ギクシャクしてしまいますし…。
ドラマのような台詞で「お、今のなかなか良くない?」なんて言葉がでてくるのは、ほぼないです。

言葉も個性。キャラクターのひとつなのでしょう。
だから、あまり「らしくない」言葉や誰かの受け売りを使っても、言葉だけがフワフワ浮いて、相手に届かないような気もします。
どんな言葉をかけたらいいのか……きっと正解というのはないのかもしれません。
そう考えると、夫の「ごめん」は彼らしくて、私が返した言葉も私らしいということになるのでしょうか。

私が言い続けたことで、夫の「ごめん」はかなり減りました。
いえ、私が嫌がっているのを察して「ごめん」を使わなかったのかもしれないです。
しかし、旅立った後にサプライズで残された私へのビデオメッセージは、やっぱり「ごめんね」でした。もしも、ここで改まって「ありがとう」なんて言われたら、私の悲しみは増幅していたかもしれません。「だーかーらーー」という私の突っ込みをあえて狙った?…今はそう思うようにしています。