14.やる?やらない?抗がん剤治療 その1

食後の発熱問題と同時進行でやっていたのが、今後の方針について。
夫の場合、できることは化学療法のみでしたので、まず担当医の先生から抗がん剤の説明を受けました。

現在、すい臓がんの標準治療で行っている主なものは
・FOLFIRINOX療法
・ジェムザール(ゲムシタビン)+アブラキサン(ナブパクリタキセル)
・TS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)

すい臓がんがわかってから、私もあれこれ調べていましたが、それにしても舌を噛みそうです。

抗がん剤に種類があるのはわかったけれども
で、どれがおすすめなの?
で、ぞれぞれどんな違いがあるの?
で、どんな効果が考えられるの?
で、どんな副作用があるの?

アタマの中に広がっていた「で?」「で?」を、ひとつひとつ解説していただきました。
といっても、あまりにも専門的すぎて、どこまで理解できたか?はビミョー。

ただ、ハッキリしているのは
夫の場合の抗がん剤は、「治すため」ではなくて「進行させずに、腫瘍を小さくする」ことが目的。
先生曰く「すい臓がんが暴れ出すと、医者も手に負えない」のだとか。

マジ!?っていうか、私たち、今、すっごく脅されてる?
いやいや、この先生が言うのだから事実なのでしょう。
でも、私たちは「すい臓がんが暴れる」というのがどういうことなのか、全くピンと来ていませんでした。

このとき、夫の体重は55キロをいったりきたり。
身長が168cmなので、だいぶスリムになったけれども、まだガリガリ君ではない。
年齢も53歳と若いし、体力もあります。
…というか、すい臓がんという事実と、痩せたのと手術の影響なのか下痢っぽいだけ。あとは、発熱。それ以外は、何も変わっていません。

担当医の先生からのご提案は、4種類の薬剤を使う「FOLFIRINOX(フォルフィリノックス)療法」でした。
「これ…ですか?」私は、事前にプリントアウトして持っていたFOLFIRINOXの説明書(?)を出してみました。
「そうそう、これこれ。もともとは、大腸がんの治療で使っているFOLFOXとFOLFIRIを組み合わせたものなんですよ。FOLはフォリン酸っていって…」先生が話すことを、メモするだけでいっぱいいっぱい。

まとめると
FOL…フォリン酸の「フォル」で、「レボホリナート」を使用(5-FUの効き目を強めるため)
F…抗がん剤フルオロウラシル(5-FU)の「F」
IRI…抗がん剤イリノテカンの「イリ」
OX…抗がん剤オキサリプラチン(エルプラット)の「オックス」

マクドナルドでいったら、メガマックみたいなもの?ラーメン二郎風にいったら、抗がん剤マシマシみたいなもの?こんなバカ野郎で、すみません(笑)

ただし、「4剤使うので、副作用は結構キツイみたいですけど…」とのこと。
らしいようですね。すい臓がんの方のブログを読んで、FOLFIRINOXの副作用で大変な思いをされていらっしゃる様子はいくつも拝見していました。うんうん……抗がん剤マシマシだものね。

ん?いやいや、ちょっと待って。
キツイ「みたい」???今、「みたい」って言ったよね?
こういうのを聞き逃さない私なので(笑)、すかさず先生に尋ねました。

私「先生、今までFOLFIRINOXの症例って、あるのですか?」
先生「僕ですか?僕は、ないです。というか、当院で、まだFOLFIRINOXを使った症例はありません。FOLFIRINOXができる患者さんって、年齢や状態が限られているので、誰にでも勧められる方法じゃないんですよ。」
夫「ということは、もし俺がやると言ったら、先生にとっての第1号?」
先生「となりますね。」
夫「第1号か……でもなぁ、副作用がキツイのか…う~ん。それがイヤなんだよなぁ。」
私「先生、もし、もしですよ。先生が、主人と同じ状況だったら、やります?FOLFIRINOX……」
先生「一度は、やってみたいかな。やってみて、あまりにも辛かったらやめちゃうかもしれないですけど。」
夫と私「そっか……先生は、やるんだ。やっちゃうんだ。」

なぜ、FOLFIRINOXなのか?も聞いてみました。

どんな抗がん剤でも、遅かれ早かれいずれ耐性をもってしまう。それに、抗がん剤は体力や免疫力を奪うことが多いもの。
例えば、ファーストラインでFOLFIRINOXをやった場合、効き目がなくなったらセカンドラインとしてアブラキサン+ジェムザールという手が考えられる。でも、逆だった場合。副作用はFOLFIRINOXほどじゃないといっても、アブラキサン+ジェムザールだって抗がん剤に変わりはない。「やっぱりFOLFIRINOXにする」となったときに、その体力があるかどうかの保証はない。「やりたい」と思ったときに、できない場合もありうる、ということも考えなければいけない。

ふむふむ。ただ単に「初だから、やってみたい」じゃないのね。
すすすすすみません。エラそうで…(汗)担当医の先生のことは、すごく信頼しています。でも、どうもこの天邪鬼な私の性格が、ついロクでもないことまで考えてしまい、裏の裏まで読んでしまう、というか何というか……(汗)
もちろん、そんな失礼なことは口に出していませんけれども。

「今すぐじゃなくていいので、ふたりでよ~く相談して決まったら教えてくださいね。」
先生に言われて、私たちはカンファレンスルームを出ました。

抗がん剤をしなかった場合の余命は半年、抗がん剤をしたとしても1年。
余命については、このような理由で夫には伝えていません。なので、抗がん剤の説明でも担当の先生は、このことについては一切触れませんでした。

選択肢は、ふたつ。抗がん剤をやるか?やらないか?
さあ、どうする?大きな決断をしなければなりません。

長くなりましたので、続きます。

13.夫の前では絶対に泣かない、と決めたものの…

夫のすい臓がんがわかって、自分のなかでひとつだけ決めたことがあります。
それは、夫の前では泣かない、ということ。

これまで、夫が人前で泣いたのを見たことありません。
時代なのでしょうか…多くの男子が「男の子は泣いちゃいけません!」と言われて育った世代だからか、出会って30年以上ですが、本当に泣かない人です。といっても、2歳年上のお義兄さんは普通に泣くので(笑)やっぱり性格!?

映画やドラマなどで、「あのシーンで、うるっと来た」とご丁寧に報告してくれますが、え?うるっとで終わり?……基本的に感情を表に出すのはカッコ悪いと思っている人で、それが彼の美学なのでしょう。

無口というのもありますし、相手が誰であろうと(たとえ芸能人でも、偉い人でも)愛想を振りまいたり媚びを売ることもなく、淡々とクールにしているので、第一印象はめちゃくちゃ悪い。間違いなく「怖い人」と思われます(笑)
でも、喜怒哀楽の「怒」だけは顔に出ちゃうようで、「むっ」とするともっと怖い人になります。

そんな人なので、ちょっと笑ったり、冗談を言ったりすると、受けがとてもいい。ギャップってやつですね。いつもフザケている私の10%くらいウケを狙っただけで、周りは大喜び。「私は120%の力をかけて笑わせているのに、ずるーーい」私はよく焼きもちをやいていました(笑)

それは病院でも同じで、入院が長くなるほど「あ、笑ってくれた」「意外と面白いことを言うんですね」とナースの皆さんからの人気は上々に(笑)
ほーら、まただ。くう~、少しでも悪い印象にならないように、これまでヘラヘラ愛想を振りまいていた私って一体┐(´д`)┌…となるわけです。

そんな夫ですから、がんを告知されたときも冷静でした。
取り乱すこともなく、悲嘆することもなく、いつもと変わらず淡々と。
ただ、病室に戻って「参ったな」とぼそっと言いながらベッドに横になり、ずっと天井を見つめていました。

そんな夫に何て声をかけていいかわからなかった私は、視点も定まらずにぼーっとするだけ。例えは良くないですが、まるでお通夜のようでした。本当の病室は明るいのですが、周りが真っ暗になって自分たちの所だけスポットライトが当たってズーンとしているような。
このときは「泣く」という感情さえ忘れていましたが、なぜかアタマのどこかで「絶対に泣かない」「絶対に泣かない」と呪文のように唱えていたような気もします。

そこからの私は、「夫の前で、絶対に泣かないぞ」と自分自身に誓いました。
私が普段あまり好きじゃない「絶対」という言葉を使ったのも、そのくらい強く思わないと自分が持たないと感じたから。

本当に泣きたいのは夫の方。なのに、夫より先に泣いてどうする?
もし私が泣いたら、夫を責めちゃうことになるのでは?…そんなことを思っていたので、「意地でも泣かないんだから」「泣いてたまるか」とムキになっていたところもありました。
いつもと同じように、能天気に明るく、フザケて笑わせてやろうじゃん、と。

でも、今思うと果たしてそれが良かったのだろうか……と思う私もいます。
人生の一大事なんだし、こういうときぐらいふたりで泣いても良かったかな、とか
いやいや、私が泣くのを我慢してることくらい夫はお見通しだったはず。「こいつが踏ん張ってるのだから、俺もガンバルぜ」となってくれていたのだろうか、とか。
このシチュエーションで能天気にフザケてる方が、返って不自然でワザとらしかった?とか。
今になって、またいろいろと考えてしまうわけです。

それに、泣かないのは夫の前だけじゃなかったんですね。
親友に「あんたがあまりにも冷静でビックリした」と言われたことがありましたが、友達や母の前でも無意識に「泣いちゃいけない」と。
ひとりで家にいるときは多少泣きましたが、「いやいや、泣いてる場合じゃない。ダメダメ」と打ち消し。
気持ちがピーンと張りつめていないと、折れてしまいそうだったのも事実です。

でも、ここまで無理矢理感情を押し殺してしまうとダメですね。
後になってからですが、感情の回路がぶっ壊れました
夫がいなくなってから半年くらい、気持ちの整理ができていなかったのも理由のひとつでしょうが、全く泣けないんです。泣いても、せいぜいホロリ程度。

するとどうなるか……私の場合、一気にやってきました。雪崩のようにドドドーーッと。感情と関係なく、涙があふれて止まらない。お笑い番組を観て笑っているのに、なぜか泣いているという…何これ?な状態です。
身体が壊れちゃったのかと思うくらい、何も手につかないし、電車に乗っている途中で苦しくなって降りてしまったことも。
自律神経もおかしくなっていたようで、動悸、息切れ、目まいも頻繁に。

涙を流すことは、心のデトックスといいますが、本当でした。
「絶対に」なんて意気込んでいたことが、そもそも間違っていたのかもしれません。
私のように、もともと感情のストッパーが緩いタイプが、今回みたいに慣れないことをすると後でシワ寄せが来る。
あああああ、やってもうたーーー状態。
やっぱり感情は、適度に発散させないとダメだわ、と思った出来事です。

特に、喜怒哀楽の「哀」とは、ある程度心の赴くまま、素直に向き合った方が良さそうです。
「怒」については、程ほどに…でしょうか。怒ると、エネルギーの無駄遣いになりますしね。
「喜」と「楽」なら、ウエルカム。思う存分ストレートに。楽しいことを、明日への活力にしていきたいものですね。

もしも今、2年前の私のように考えている人がいらっしゃったら、あまり自分で自分をがんじがらめにしないでくださいね、と言いたいです。本人の前で泣くことに抵抗ある場合でも、どこかに“自分が泣ける場所”を持っている方が精神衛生上よろしいかと思います。
私のようにならないためにも、適度なデトックスをどうかお忘れなく。

そう考えると、夫はどうやって日常の感情を発散させていたのだろうか?という疑問がふつふつ…。
何があってもドンと冷静に構えていた姿は、確かにカッコ良かったのですけどね(笑)真似したくても、私にはできそうにありません。